捨てられないままホールに溜まって仕舞う日記とお土産の治療ポイントに悩む

ある時から自分はお土産は食べて涸れるものの方が良いのではないかというようになりました。
というのも馴染みからもらった置物のお土産や
単なる贈り物でもらった代物が客間に増えてしまい、第三国ピクニックのお土産やの奇妙な木彫りの蛙とか
幼い陶器の人形、馴染みという行ったピクニックでその場のフィーリングだけで買ったちっちゃなガラス製の便器の置物。
飾り付ける要素もないしくだらないアイテムもあるのだけど、
どうしても手放しそびれているものが客間に溢れてきました。

最近は断捨離なんていうアイテムも流行っているようですが、
馴染みが私のことを考えて選んでくれた気配を感じるといった捨てられなかったり、
これを売ると馴染みとのピクニックの時の思い出も
思いだすわけがなくなってしまうのではと思ったりすると思い切って振り捨てることができないんです。
時機デジカメで撮影を撮って捨てたこともあるのですが、撮影というその代物があるのでは大違いなんですよね。

けどそうやって残る代物ってケースがたつほど捨てられなくなるのかもしれません。
過日納戸を片付けていて、
小学校の時に馴染みからもらったお土産を見つけてしまったからです。
何の思い入れもなければ笑って捨てられるようなマスコットですが、その友達の適性が何とそれほど表れた選定で、
思わずそんな輩との思い出を振り返ったり、あの当時はこんなこと言ってたなと思い出して、次会ったところ見せて決めるなんて思いながら元通りに保存してしまう。
そんなことを考えながら自分は代物そのものというより
思い出だったり、それをくれたパーソンへの機嫌だったりがなくなりそうな気がして
ですから投げ棄て難いのかもと思いました。

物を上手に捨てられるパーソンって、そういった思い出や思い入れをどうしているのでしょうね。http://www.garrett-asay.net

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